スタディツアーを迎える飯館村2000本の桜!!

4・19“見て!聴いて!考える!スタディツアーin福島”!
 

 4月19日、全国一般宮城合同労組の呼びかけによるスタディツアーに参加した。“見て!聴いて!考える!福島原発汚染地区<南相馬・浪江・飯館・伊達>を巡るスタディツアーin福島”と言う企画だ。 一路、南相馬に向かう高速道沿線で拡がる景色は、津波被災した農地の「大規模化集約工事」が大々的に行われている姿が宮城県側ではみえる。

 16名の参加者が最初に目指すのは「脱原発都市宣言」を今年3月25日に発した南相馬市。目的は「南相馬アグリパーク」を見学する事と北泉浜の「原町火力発電所」、「東北電力グリーンパーク」を見ることだ。飯館村を源流とする新田川沿いに約2Haの敷地に太陽光パネルが拡がり500kWを発電している。隣にエアドーム型植物工場があり葉物野菜を作っている。申し込めば体験学習、ワークショップ、実験などいろんな事が学べる施設だ。南相馬市の「再生可能エネルギー推進ビジョン」は極めて野心的だ。「原子力発電への依存から脱却するために、本市の消費電力或はそれ以上の電力を再生可能エネルギーで生み出す事を目指す」とし「2020年は南相馬市の消費電力の再生可能エネルギー導入比率を65%、2030年にはほぼ100%を目標に設定する」計画だ。


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 南相馬道の駅で小休止。今回は色々考えてもらおうと「線量計の値から年間被ばく線量を計算する」「日本で初めて起きた被ばくによる死亡事故とは?」「2006年イギリスで起きた暗殺事件とは?」等を車中で考えてもらう趣向だ。追加で「1975年アメリカで起きた事件「シルクウッド」(映画題名)」も調べてもらう。放射能にまつわる事件を調べ放射能の恐ろしさを知り、原発事故後の福島を視て脱原発を考える。

 6号線を南下し「大田神社の大看板」が見えればそこから先は20キロ圏内。今回は小高区村上地区の集落を視察する。津波によって破壊された家が数多く残っている。つまり放射能汚染のためにこの4年間放置されたままの姿だ。この状況を見て「解除したから戻りなさい」と言われて果たして喜べるのか、戻れるのだろうか?かつて人々が住んでいた宅地跡には水仙、ムスカリ、パンジー等の美しい花々が咲き誇っている。何とも空しくなる風景だ。小高駅から商店が立ち並ぶ町のメイン道路。信号機だけが「青・黄・赤」を規則正しく表示するが横切る車も珍しい無人の街だ。1万3千人を超える人達が消えた町。列車通学の高校生が乗ってきた自転車が駅の置き場に整然と並んでいる。あの時、大きな振動の後に襲った大津波はこの駅舎にも到達した。政府は2016年4月全面復帰の方針だ。生活する術が何にもない状況で、日々「ガラスバッチをぶら下げて暮らせ!」と言う。「早期帰還」を強制し住民が戻ったことを世界にアピールし原発事故からの復旧・復興を印象づける。そして帰還対象住民は「解除後1年で慰謝料を打ち切る」方向だ。

 「除染作業中」。のぼり旗はためく県道を一路「希望の牧場」へ。現在は300頭の被曝牛が生きており、子牛もたくさん見られる。餌不足が心配された冬場をどうにか乗り切ったようだ。吉沢代表を始め牧場のスタッフの奮闘のおかげだ。代表から浪江町の深刻な状況を伺い、原発事故がもたらす取り返しのつかない生物・環境破壊の現実を受けとめた。


「八木沢峠を飯館村へ!」 春の飯館 花咲き匂う 咲いた桜は2000本・・ 

 昼食後、標高500〜800mの阿武隈高地に拡がる「全村避難の飯館村」へ。約6000人の村民が避難し今も無人の村。12年の避難区域再編によって「帰還困難区域長泥地区」「居住制限区域16地区」「避難指示解除準備区域6地区」に再編された。環境庁が実施した「草野地区拠点除染地域」で「その後」の線量確認する事。「福幸のいぬ」と会う事。伊丹沢の2000本の桜「復興の桜村民の絆づくりの碑」の見学。飯樋町の「フレコンバックの黒山」の視察。そして長泥地区への「立ち入り禁止」ゲート前と言うのが今回のポイントだ。

@空間線量率2.3μSv〜3.7μSv/hの「居住制限区域草野地区26地権者」を三カ月にわたって「拭きとり、堆積物の除去、表土剥ぎ取り等」を実施した。除染後は「0.7〜2.3μSv/h」。国が総力を挙げて実施した除染だが除染目標の「年間1mSv」には程遠い数値であり、今はこれ以上の数値を示しているのが実態だ。

A約30頭の犬が管理されている。「福幸のいぬ」は飯館村が全村避難になった時に一緒に行く事が出来なかった犬たちだ。ボランティアが引き取り、時々飼い主が訪問する。私達が車から降りると犬達は、ちぎれるほどしっぽを振り『ワン!ワン!ワン!』と一斉に鳴いて迎えてくれる。もともと飼い犬なので噛んだりはしない。みんなで犬と交流した後、車に戻る、その雰囲気を察知した瞬間犬達は静かになる。犬の寂しそうな視線を感じると切ない。

B飯館村の心は「までい」だ。2000本の桜見学に行く道を聞くために「全村見守り隊」の詰め所を訪れた。よもやま話を交えながら道を聞いたがちょっとつかめない。今から見回りに出かけると言う二人の爺ちゃんが「あどついでこ」と言うことで桜咲く現地まで案内してくれた。お礼を言うと軽トラから腕を出して「バイバイ」・・何か格好いい後ろ姿だ!丁度、地主の会田さんもいて(たまたま仮設から自宅に戻っていた)自由に2000本の桜を見学できた。「復興の桜村民の絆づくり」の碑の前で記念撮影。会田さん夫婦と話をしているうちに「CD持ってけ!」と言うことになり「飯館復興の桜」CD5枚を頂いた。「春の飯館 花咲き匂う 咲いた桜は2000本・・」気持ちよさそう会田さんが歌っていた。

Cそして、飯樋町。昔、馬のセリが行われていた土地で、地理的に言えば「国道114号線、399号線⇒浪江を経て津島、長泥の帰還困難区域(高線量区域)」の延長線上にある。飯樋町の「平坦地⇒田圃の一等地」には夥しい黒いフレコンバックが山となって積まれている。「早く復旧したい」と言う村人の思いが、この地を「仮置き場」にするという本当に辛い決断をしたのだ。

D雪深い長泥へ向かう道は除染の後が拡がり木々が萌黄色に輝き山里に春が訪れていました。長泥のゲート前はあっという間に10μSv/hを越す線量区域。バリケードの向こう側には50μSvを越す地域が延々と浪江の町まで拡がっている。毎日通ってくる警備員のおじさんも本当に大変な環境の下で働いている。ここから一山向こうの「蕨平」地区に建設される焼却炉。14万トン(飯館村内)の除染廃棄物を24時間365日焼却炉を燃やして減容化する国の計画。飯館村民は村民への説明が「までいでねツ!」と反発が起きている。フィルターで99%除去できると国は言うが「1%」は空中に放出される。其の放出量を考えると新たな汚染が蕨平地区に拡がるのは明らかだ。

 飯館〜霊山ルートを通って帰路に入るが山間の佐須地区にも広大な仮置き場と焼却場建設がされる。道路沿いの家々は既に除染を終えているが庭先や田圃にうず高く除染廃棄物が積まれている。沢水が流れている所で覆った土砂が崩れ黒いフレコンバックが露出している所も見える。

 除染廃棄物処理問題は、原発事故被ばく地に新たな苦しみを生み出している。今回のツアーは、宮城合同労組の初めての企画だが多くの意味で原発事故と向き合うきっかけになったと思う。白い梨とピンクの桃の花、そして桜満開の福島の里を巡りながら原発事故と向き合った一日だった。


<レポート:宮城支部 高橋> 


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