2007年10月4日宮城支部の組合員の坂下正明さん(56歳)がご逝去されました。
 坂下さんは青森県三戸郡田子町に生まれ、1970年4月仙台電話局電力課に採用され、電電公社、NTTを通じて私たちとともに労働者の生活・権利のために闘い抜きました。
 謹んで故人のご冥福をお祈り申し上げるとともに、宮城の地でともに闘ってこられた仲間からのメッセージを掲載します。

 私と坂下君はいわゆる同期。彼は「青森」私は「秋田」出身でした。また、誰が、いつどの様な理由で名づけたのかは定かではありませんが、彼の愛称は「ガッチャマン」でした。

 時代が青年学生運動の高揚期に私たちは入社し、宮城の全電通青年会議で彼は在仙ブロック、私は仙北ブロックという持ち場で青年運動を緒先輩の叱咤激励を受けながら、仲間と青春の熱情の中で無我夢中で担いました。

 今では考えられませんが、当時の全電通(現NTT労組)は青年運動に一定の理解を示していました。総評も健在で総評青年協主催のベトナム反戦、狭山闘争、沖縄闘争の全国闘争が頻繁に組織され私たちも積極的に参加をしていました。全電通の組織内でも青年会議の東北・北海道ブロック会議等が開催され、彼と参加し、志を同じくする多くの同世代と熱気溢れる討論を闘わせたことが思い出されます。

 長い付き合いの中で、あえて、構えながら彼と語り合ったことはないような気がしています。相手の話に耳を傾け、的をえた意見を主張する彼のやわらかな「坂下節」は貴重な資質であったと思います。

 1980年の電通労組結成に導く大きな要因であった「三里塚闘争」。岩山の鉄塔決戦に向けて、私、坂下君、I君の3人が週末を利用して現地三里塚の原野で走り回った時期がありました。私は体力の無さを嘆きましたが、彼はめげず淡々と走破し、基礎体力と根性の差を痛感したことも強く印象に残っています。援農(反対同盟員の農作業支援)でも共に汗を流しました。楽しく充実した時代でした。

 一番大きな思い出は、1978年の3.26三里塚闘争での出来事です。闘争の退却時に私は日頃の運動不足がたたり、途中で左足をつってしまいました。廻りの仲間に助けを求め、最初にS君に“かつがれ”次に坂下君に“かつがれ”やっとの思いで振り切り、権力の弾圧から免れました。私にとって忘れることが出来ない恩人でした。君たちが手助けをしてくれなかったら、私の人生はまた別の道であったかも知れません。坂下君と2人で主賓になった宮城支部の勤続30年の「祝う会」で、そのことを彼に話しましたが、覚えていないと言っていました。おそらくとぼけたのだろうと思います。

 坂下君は、宮城支部の執行委員の会計担当を長らく勤めていました。几帳面な彼だから出来たのだと思います。畠山委員長と彼が宮城支部の屋台骨を支えてくれました。宮城支部執行委員会で一緒だったときに「次期執行委員に立候補はしない」と言われました。鳴子での支部大会前の執行委員会の合宿時に(この宿の手配は彼が電力課の仲間に依頼して格安で手配をしてくれた)私は、「もう一期会計を続けてくれないか」と説得に当たりましたが、彼は今期限りで辞めると、翻意しませんでした。彼の決意に私たちは何も言うことが出来ませんでした。

 彼は、天賦の才を持っていました。ひとつは謄写版時代のいわゆる「ガリきり」。おそらく、小川さんと双璧をなす名人級の腕と編集のセンスを持っていました。君の刷り上った機関紙を教本として私たちはロウ原紙の上で鉄筆を動かしたものです。「坂下の域」に少しでも近づこうと。

 もう一つは横断幕の作成技術。右に出る者はいませんでした。彼の作った白いキャラコ地に鮮明に描かれた赤や青字の闘争スローガンは、私たちの団結を固め、政府・資本を圧倒する迫力に満ちたものでした。全国集会で宮城の横断幕は常に注目を集めていました。デモや集会の最前面で常に彼の横断幕がはためいていました。私たちの誇りといえるものでした。

 2003年にNTTの理不尽な退職再雇用制度が強行され、私は、東京へ配転になり、それ以降、彼とは膝を交えて話す機会はほとんどありませんでした。彼が病気で手術すると聞いて、入院先に見舞ったときと、闘病の最中のときのみであったように思います。その時の彼のユーモアを交え、淡々と語る姿が今も目に焼き付いています。同時に、もっと語り合っておけばという後悔をしています。

 職場、地域で彼が残した足跡は計り知れないほどあるだろうと思います。そのことを次に繋げる努力が私たちに求められています。彼と共に歩んだ軌跡を私たちは決して忘れることはありません。彼を失った喪失感は、言葉で言い表すことは出来ませんが、あえて言えば「ガッチャのぶんまでがんばろう」が、私たちの想いです。

 君の笑顔と優しさそして、一途さを電通労組は決して忘れません。君の思い出は私たちの記憶のなかで生き続けています。
                                   
                                               2008年2月
 
大内委員長 弔辞

電通労組10周年記念誌





 198912月発行の電通労組結成10周年記念誌「真紅の旗をかかげて」の表紙に在りし日の坂下君の姿が写っています。
佐藤 隆(電通労組宮城支部)

宮城支部組合員 坂下さんを悼む

坂下君との思い出