2008年7月16日福島支部の組合員の菅野征二さん電通労組初代委員長(65歳)がご逝去しました。
 菅野さんは1943年3月旧霊山町(現伊達市)に6人兄弟の末っ子として誕生。
 1961年4月、電電公社 福島電報電話局に採用され、電信試験課に配属されました。1965年頃より、全電通福島分会書記長として活躍。
 1979年、全電通福島支部大会否決に伴い、全電通本部が強行した「組合員再確認署名」という踏み絵を拒否し、「再確認拒否者の会」を結成。東京地裁において「組合員の地位保全の仮処分」の裁判に勝利するも、当たり前の組合をめざして、宮城の仲間と共に 1980年電通労組を結成。初代執行委員長として組合の認知、躍進に奔走されました。
 電電公社、NTTを通じて私たちとともに労働者の生活と権利を守り拡大するために闘い抜きました。
 謹んで故人のご冥福をお祈り申し上げるとともに、福島の地でともに闘ってこられた仲間からのメッセージを掲載します。






 弔辞

 菅野征二さんは「しょうちゃん」、「組合のしょうちゃん」と呼ばれて皆から慕われていました。

 私が入社した昭和44年、すでに征ちゃんは全電通福島分会の書記長として、会社との様々な交渉や、組合員を伴っての団体行動の中心であり、いつも先頭にたっていました。  昭和40年代は現在とちがって、まだ労働運動が活発であり、春闘ともなればストライキで闘う時代でした。  私たちの同期はいつまでも、「組合に入るのがいやだ」と、征ちゃんをてこずらせましたね。それなのに30年以上も一緒に活動してきたなんて不思議ですね。

 当時、集団交渉と称して、職場要求を掲げて局長を取り囲み、職場の思いを直接ぶつけるということをよくやっていました。特に電話交換の職場は非常に忙しく、多くの不満や要求を持っていましたが、仮眠時間の拡大や職業病予防の体操時間の獲得、職場環境の改善など、多くを勝ち取ってきました。その闘いの先頭にはいつも征ちゃんがいました。

 見事な三段論法で管理者を論破するその姿にあこがれている人はいっぱいいたと思います。  勤務線表の協議などでは、会社の誤りを正すなど、線表の神様とまで言われて、とても頼もしい存在でした。  だからといって、堅苦しい感じではなく3人の娘さんの話を嬉しそうにしている征ちゃんでもありました。

 また、征ちゃんの書く文字は火事場の折れ釘といわれて、書記の鈴木さんや数人にしか分からない。征ちゃんのいう、アレ、それ、これの代名詞を即座に理解するのは、やはり書記の鈴木さんで、書記局はそんな時、笑いの渦に包まれていました。

 「そういった部分については…」話の中で出てくる征ちゃんの口癖でした。結婚式の祝辞にまでたびたび出てきて、「ほらほら、やっぱりでた、でた」とクスクス笑いしたことが、忘れられません。

 電電公社が民営化に向かい、組合も考えかたが変わり、それまでの闘いを否定するかのようになったとき、労働者の為の当たり前の組合をめざして全電通と袂を分かち、電通労組を結成したときも、征ちゃんはその先頭にいて、初代の本部執行委員長となりました。

 他労組からも、会社からも圧力が掛かる中、電通労組を会社に認めさせ、本社本部間の団交ルールをかちとり、職場や社会に常に目をむけながら、現在まで闘い抜きました。

 その組合も、今日19日、第31回定期大会を迎えるまでになりました。  そこには征ちゃんを信頼し、また、征ちゃんが信頼した仲間がいつも一緒にいました。  征ちゃん、今日は皆、ここにきていますよ。  電通労組の誕生と成長のおおきな力となったのが征ちゃんの存在だったと思います。

 退職してからも、企業年金の減額反対の訴訟に加わったり、県議選の応援に忙しく動き回っていました。

 征ちゃんの生涯は、職場で働く人とともにあり、退職してからもずっと、社会の動きを見つめ、働く人にこころをよりそわせて、労働者の心を失わず、労働者に差別や、格差や貧困、矛盾を押し付ける大資本やそれと一体となった政治のあり方を、怒りの目で見続け、行動してきた人生であったろうと思います。

 こんなに早くお別れのときが来るとは考えてもみませんでした。どうぞゆっくりお休み下さい。そして心行くまで大好きなお酒を飲んで下さい。

 私たちはこれから成功のうちに定期大会を終了させ、次の一歩へと踏み出すでしょう。

 いつまでも私たちを見守って下さい。

 そして、征ちゃんが愛してやまなかった奥様の和ちゃん、3人の娘さんを守ってあげてください。

 征ちゃん、長い間本当にありがとうございました。

 さようなら、征ちゃん…..。

 2008年7月19日

    

 福島支部組合員 鴫原 悦子

                                  
                                               
 
大内電通労組委員長 追悼文







福島支部組合員 菅野電通労組初代委員長を悼む